人から望まれるものと自分のやりたいこと

翻訳
14/06/22 12:21:07

職場の上司と話す機会がありました。

私は派遣社員なので、正社員の方と話す機会は普段ほとんどありません。正社員の方が見ている景色は私には見えないので、それを垣間見ることができる貴重な機会でした。

そのなかで一番印象的だったのは、「お客さんが望んでいるものを超えることに時間をかけるのは意味がない」という意見です。

お客さんと直にやりとりをしているのは上司です。私の仕事は、お客さんに納品するべき文書を作成することです。主に、英語で書かれた文章を日本語に直す作業をしています。

基本的に納期に追われるのが常なので、じっくり練ることはできませんが、できるだけきれいな日本語に、読みやすい文章に、と思って訳しています。

でも、作業量が多く、残業時間も増えているのが現状です。そのうえ、お客さんは「何が書かれているのか、正確に意味を伝えてくれればそれで良い。美しい文章は求めていない」とのこと。

ちゃんと意味が伝わる文章になっているのに、さらにきれいに整えようとする作業は余計だとのことでした。

正直、正確に訳すことは最低ラインで、その上きれいな日本語にできるのが良い翻訳者である、と頭のどこかで思っていた節があり、そこを目指してもいたので、目から鱗でした。

それはもちろん、きれいな日本語で書くに越したことはないのでしょうが、そこに悩む時間をかけるくらいなら、早く納品してくれた方がお客さんにはありがたいのだ、と初めて知りました。

それと同時に、私の納品したものはこれからさらにいくつものプロセスを経てゆくのだなあという当たり前のことに思いをはせる機会にもなりました。私は納品すれば終わりだけど、ここに書かれた言葉たちはこれから何人もの人たちに審議されるのでしょう。

それも全部、副作用のない安全な薬を作り提供し続けるためです。そのために動く歯車の、ほんの小さな部品でしかないのです、私は。

誰に何を求められているのか。これが明確になれば、仕事はやりやすくなるし、楽しくもなります。きれいな日本語を追求することは残念ながら私がやりたかっただけのようなので、別の場所で追及することにして(このブログとか・・?)、今後は仕事のやり方を見直そうと思います。

そもそも、正確に訳すことさえ先輩たちの助けがないと覚束ない未熟者が、なに美しい日本語云々言っているのだろう・・・と恥ずかしくもなってきました。

もっとがんばろう。

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