人は清濁あってこそ

生活
15/05/03 20:26:21

もう辞めてしまった職場に、とても仕事ができる人がいました。優しくて、困っていたらすぐ手を貸してくれて、私も何度も助けてもらいました。

憧れの先輩でした。

でも、先輩と仲の良い従業員が次々と退職していって、新人が増えた頃から、先輩はすぐキレる怖い人になりました。

誰でもするような小さなミスを見つけただけでも、大罪を裁くかのように怒りを露わにするので、後輩たちは腫れ物に触るようにその人に接し、口々に不満を言い合っていました。

すぐキレる人というのは私の苦手な部類の人で、私は狼狽しました。憧れの先輩だったはずなのに、「嫌い」という感情が芽生え始めたことに動揺しました。でも、優しい一面を知っているから、嫌いになりきることもできない。

もやもやした思いを抱えたまま、私は仕事を退職し、その後先輩も退職したと人づてに聞きました。

退職してからもうじき1年が経過します。

好きにもなれず、嫌いにもなれず、宙ぶらりんのままでしたが、でも、どちらかに転ぶ必要はないよなあと思うようになりました。

好きな面もあるし、そうじゃない面もある。誰に対してもそうだと思います。先輩の場合、好きな面とそうじゃない面のコントラストが他の人より強かったので、びっくりして、普通にできていることができなくなってしまったのでしょう。

つまり、好きな面は好きになればいいし、そうじゃない面は、自分を省みるきっかけにしてもいいし、そもそもお互い様だし、人間らしくていいじゃないと思うし、できることなら愛せばいいのです。

そんなことをふと考えたのは、その先輩が朝方の夢に出てきて、「一緒に飲みに行こう」と誘ってきたからです。夢の中で、喜んで居酒屋を検索した私は、やっぱり、先輩が好きです。


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